○洗浄の抱えるジレンマ
健康な皮膚を保つために欠かせないスキンケアの3本柱は、洗浄、保湿、光対策である。このうち、ファーストステップとなる洗浄の目的は、ウイルス、細菌、真菌、微生物、動植物、埃、化粧品、薬品、食物など皮膚に付着する様々な外来性物質を除去し清潔を保つことにある。また、唾液、皮脂、汗、糞尿など自身の分泌物も皮膚の刺激となるので速やかに洗い流す必要がある。さらに過剰な角質が付着したままでは、正常の表皮細胞の分化が障害される。しかし、皮膚の清潔を考える場合、皮膚の恒常性を担うバリア機能の維持が肝心である1)。特に、アトピー性皮膚炎(以下AD)など皮膚バリア障害がある場合、健常皮膚では問題にならない程度の洗浄でも症状の増悪につながりかねない。すなわち、バリア機能を守りながら、不要な汚れだけを洗浄することが求められる。そのためのポイントは、洗浄剤の選び方と洗い方である。
○洗浄剤の選択と適切な洗浄方法
洗浄剤の主成分である界面活性剤は、それ自身がなにがしかの皮膚刺激性を有する物質であり、可溶化による皮表脂質の過剰な除去、天然保湿因子(NMF)や角質細胞間脂質など皮膚の恒常性維持に必要な成分の溶出によるバリア機能低下の誘引になりうる。皮脂腺由来の脂質は洗浄によって一時的に除去されても比較的短時間で回復するが、NMFや角質細胞間脂質は回復に時間がかかる。
これまでの研究で、界面活性剤が皮膚バリア機能へ影響する因子として、角層への吸着性・浸透性・残留率、角質細胞間脂質・NMFの溶出度などが検討されてきている2)3)。同じ界面活性剤を用いても、Ph5程度の弱酸性条件と比較し、アルカリ条件下では角質細胞間脂質の溶出が生じやすいことも示され、洗浄剤は弱酸性から中性が望ましいとされる4)。さらに、界面活性剤の構造は、親水基がリン酸、アミノ酸系のタイプが低刺激である。また、両性界面活性剤、非イオン性界面活性剤などの補助界面活性剤やモノグリセリド、擬似セラミド2など保湿成分を添加するとバリア機能が保たれることも分かってきている5)。
このような観点から、NMFや角質細胞間脂質を比較的多く残しつつ、皮膚上の汚れを十分洗浄するという選択洗浄性を有した洗浄剤が開発されてきた3)。なお、洗顔料を使用した際に発生するつっぱり感は洗顔時に角層の保湿成分が損なわれる目安になるため、洗顔料の選択や洗顔方法の見直しに有用である2)。
洗浄剤の選択と並んで重要なのが洗い方である。洗浄剤の泡立て方が不十分な場合、20倍以上の高濃度で洗浄することになってしまう6)。具体的には、途中で水を加え、空気を巻き込むように泡立てると良い。洗い方に関しては、紅斑が認められなくてもこする回数に応じてTEWL(経表皮水分蒸散量)が上昇することが分かっており、なで洗いの重要性が示されている4)。また、洗い流すことでTEWLの上昇が有意に抑制され、すすぎの重要性も示された4)。水温は高すぎると皮表脂質の漏出が高まるので、20~30℃が適当である。
○年齢、性別、季節による使用方法
皮表脂質量は年齢とともに変化し7)、性差もある。前額部の皮表脂質量は新生児期から徐々に低下し、3~6歳を過ぎると再び増加し、13歳頃から男女ともに急激に増加する。男性は成年期を過ぎても65歳頃まで変化が無いが、女性は45歳頃から減少する。特に高齢者では皮脂欠乏状態が顕著となる。また、冬季は大気が乾燥し、暖房によって乾燥は悪化する。このような皮膚の状態を踏まえて洗浄剤を選択し、洗浄方法も指導する必要がある。
○代表的皮膚疾患別洗浄方法
ADでは、角層のセラミド含有量が健常人に比して優位に低下し、フィラグリン形成不全により角層中遊離アミノ酸が減少している8)。このような角層バリア機能低下を是正するスキンケア指導がAD治療には欠かせない。
痤瘡患者の角層セラミド量は低く、透過性バリア機能が障害されており9)、毛包漏斗部の異常角化と角層細胞接着性の亢進により毛包が閉塞しコメドとなる。皮脂由来の遊離脂肪酸がこれらを誘導する一因なので適切な洗浄が必須だが、物理的刺激や洗浄剤もバリアの恒常性を傷害し、痤瘡の悪化要因となるため、こすらずに洗浄する指導が必要になる。痤瘡患者は、毛穴の詰まりを気にしてスクラブや道具を使った洗顔、パックなどの刺激を加えがちであるため、不適切なケアの有無についての問診も重要である。
○終わりに
近年、乾燥性敏感肌を訴える患者が増えている印象がある。快適に空調制御された生活空間と過度な清潔志向が、乾燥状態と皮膚バリア機能の脆弱化に影響しているとも考えられる。皮膚科医は、AD患者などの疾患基因性のバリア機能低下患者のみならず、疾患はないがバリア機能に問題を生じている健常人に対しても、何を汚れとみなし、どのように洗浄するかに関して指導していく必要がある。
【参考文献】
1)佐々木りか子.洗浄料-石鹸・ボディ用洗浄料・洗顔料-.皮膚科の臨床.2014;56(11): 1618-1626.
2)河合道雄.身体用洗浄剤の種類と皮膚への作用.MB Derma.2000; 40:1-9.
3)山下裕司,坂本一民.皮膚の洗浄と刺激性に関する研究・開発の動向.MB Derma.2014; 221:31-39.
4)奥田峰弘,吉池高志:皮膚洗浄方法の角層バリア機能に及ぼす影響について.日皮会誌2000;110(13):2115-2122.
5)Okuda Minehiro et al:Detergent-induced epidermal barrier dysfunction and its prevention. Journal of Dermatological Science .2002;30:173-179.
6)笠原智子:肌に優しい理想的な泡の洗顔についてFRAGRANCE JOURNAL.2008; 12:44-49.
7)松尾津朗:皮表脂質について.皮膚病診療.1981;3:868-871.
8)Cork MJ et al:Epidermal barrier dysfunction in atopic dermatitis:J Invest Dermatol.2009; 129(8):1892-1908.
9)竹ノ内薫子,山本綾子.尋常性痤瘡における角層のwater-barrier functionと脂質組成の検討.日皮会誌.1994;104(8):973-977.